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農業で未来を明るく。「ふるさとファーマーズ」の挑戦【連載:究極のFarm to Table】

私たちが普段食べている穀物や野菜、果物は、すべて「田んぼ」や「畑」で育てられている。それぞれの場所で、生産者の栽培方法や想いに加えて、その地域特有の風土や歴史など、ユニークなストーリーがある。この記事では実際に現地を訪れ、普段は聞けない生産者の方たちのストーリーを掘り出していく。さらにそこで育てられた食材を持ち帰り調理するところまでの、究極の「farm to table」を紹介していく。

畑のストーリーを知ると、食卓がもっと彩り豊かになる──。

今回は神奈川県茅ケ崎市で「地域に開かれた農業を通してより良い未来を次世代に繋ぎたい」という思いで活動する「ふるさとファーマーズ」を訪れた。まずは代表の石井雅俊さんに、ふるさとファーマーズが取り組む「不耕起栽培」の魅力を伺った。
(※本記事は前編・後編に分かれており、畑の野菜を使ったおすすめ調理については後編で紹介していく。)

「チョコレートのような土」からスタート

石井さんは、4年前まで農業とは無縁の人生を送っていた。当時は大手不動産会社で営業職に就いていたが、転機になったのはコロナ禍だった。諸外国の輸出規制により、いとも簡単に食品が手に入らなくなってしまう現実を目の当たりにして、日本の食と農の未来に対する危機感を募らせた。

「この時代に農地を宅地に変える仕事をしても仕方がない。これから未来を作るのは農業だ」と一念発起。都内からのアクセスが良いという理由で選んだ茅ヶ崎で、10人の仲間と一緒に小さな市民農園から野菜づくりを始めた。ところが、畑へと通う負担が思った以上に大きく、1年以内に仲間は次々と離脱し、最終的には1人になってしまった。諦める選択肢もあったが、石井さんはより深く畑に関わりたいと決意し、茅ヶ崎へ移住した。

ちょうどその頃、信頼関係を築いていた地域の方から「畑を借りないか?」という話が回ってきた。県立茅ヶ崎里山公園に隣接し、日当たりが良く、風通しも良い畑だった。さらに、見晴らしも良い。

畑はテニスコート6枚分(約1,500㎡)と、野菜づくりを始めるには十分。里山に囲まれた自然豊かな環境で、石井さんは改めてスタートを切る。しかし、そこで向き合うことになったのが「チョコレートのような土」だった。とにかく硬く、その土で野菜を育てるのは大変だったという。

「耕さない農業」との出会い

無農薬・無肥料で始めた1年目の栽培は、意外にも豊作だったそうだ。「今思えば残肥(※前年以前に畑に入れて残っている肥料分のこと)があったから上手くいっただけなんだけど、当時は『なんだ農業って、意外といけるぞ』と思った」と笑いながら振り返る。しかし2年目になると、途端に野菜が採れなくなってしまった。

野菜づくりには技術がいると話には聞いていたが、実際にその難しさを痛感した石井さん。自分の畑を続けるかたわら、茅ヶ崎の先輩農家である「はちいち農園」に毎週通い、農法を学び始めた。そこで出会ったのが耕さない農法「不耕起栽培」だった。

※「不耕起栽培」とは、前作の収穫後に農地を耕起(※耕すこと)せず種まきや施肥等を行う栽培方法のことだ。

学ぶことで見えてきたのが「チョコレートのような土」の正体だった。何度も耕された農地では、土本来の構造(※孔隙と呼ばれる水や空気の通り道や、団粒構造と呼ばれる土が粒状になる構造など)が破壊されてしまうことが分かっている。畑の土は保水性を失ったり、水も空気も浸透しない硬く締まった土の層(耕盤層)ができてしまったりと、様々な問題が起きる。石井さんが借りた農地もまた、水はけが悪く通気性が失われた硬い土になっていたのだ。

同時に、耕すことは生きた植物の根や菌糸、みみずなどの様々な土壌生物たちが育む生態系を撹乱することに他ならない。作物は菌や細菌と共生関係を結び、必要な栄養素を交換し合うことで生育していると考えられているが、石井さんの畑ではもはやその生態系が機能しなくなっていた。野菜が育たなかったのは、土に原因があったのだ。

(左が不耕起栽培の畑、右は耕した畑)

慣行栽培(※一般に行われている栽培方法で、生産過程において農薬や化学肥料を使用することが多い)は、固まった土をほぐすために耕し、栄養を補うために化学肥料を入れる。しかし、不耕起栽培では敢えて耕すことをやめてしまう。代わりに畑に草を生やし、土をむき出しにしないように落ち葉などを乗せていく。

草を生やす理由としては、草の根が枯れると土に隙間ができて、そこに水や空気が入り込むことや、植物根と共生関係にある微生物が増えることが挙げられる。土をむき出しにしないことは、前述した土の構造を維持するのに重要だ。実は土壌構造は雨でも破壊されてしまうほど繊細なので、表面を覆って守る必要がある。

さらに落ち葉などの有機物は土壌微生物のエサになり、微生物量を増やすこともできるので一石二鳥だ。微生物量が増えれば自然と虫やミミズなどの動物も増え、畑全体が豊かになっていく。こうして畑の中で様々な生き物と共生しながら野菜を育てるのが不耕起栽培の魅力だ。

私たちが援農させていただいた畑も草がわさわさと茂り、いわゆる畑とは違いまるで野原にいるような心地よさがあった。

(植物の根が土を掴むことで土壌流出を防ぎ、地中の有機物が炭素を貯蔵して空気中のCO2を削減する。そのため不耕起栽培は世界規模の環境問題を解決する農法として注目されている。)

ふるさとファーマーズで実践して3年、今では化学肥料を入れずに慣行栽培並みに育つ野菜も増えてきた。だが石井さんにとって嬉しいのは、収穫量が増えたことだけではない。不耕起栽培に変えて土はふかふかになり、草は茂り、虫や鳥がやってきた。そうやって環境を再生しながら自分たちの食べ物を作れることが嬉しい。実際に自分の畑に初めてミミズが戻ってきたのを見つけた時の喜びは、「本当に忘れられない瞬間でした」と語ってくれた。

また、嬉しかったことはそれだけではない。慣行栽培を行っている近隣の農家の方との対話を通し、ふるさとファーマーズについても「農法についてはわからないが、石井さんを信頼している」と言ってもらえるようになった。時には周辺の農薬の散布を手伝うこともあるそうだ。それは、慣行栽培、不耕起栽培の是非ではなく「人として信頼してもらう」ことが、いずれ「不耕起栽培への理解」にも繋がると石井さんが信じているからだろう。その「想い」については、詳しくは後編でお伝えする。

畑って耕さないんだぜ」

石井さんはこうした畑を通じた感動や不耕起栽培の考え方を、地域の子供たちに伝える活動もしている。親子参加できる農作業体験や、地域の小学校への出張授業がその一環だ。

ある時、授業を受けた生徒のお母さんが息子さんから「知ってる?畑って耕さないんだぜ」と言われたと、嬉しそうに話をしてくれたという。不耕起栽培というこれまでメインストリームではなかったアプローチも、子供たちにとって当たり前の常識になる未来がすぐそこまで来ているのかもしれない。

ふるさとファーマーズは、現在、石井さんを中心に現在25名で活動中。

新しい仲間も随時募集している。関わり方は人それぞれで、畑作業に来る頻度も自由だ。参加申し込みはふるさとファーマーズHP記載のメールアドレス(furusatofarmers@gmail.com)まで。

その他収穫祭・味噌作りワークショップなどのイベントや、定期的にマルシェも開催しているので、まずは畑に足を運んでみてはいかがだろうか。

次回記事は続編として「地域に開かれた農業」や「コミュニティ」というキーワードから見える、栽培を超えたふるさとファーマーズの想いや取り組みについて深掘りする。畑で採れた野菜のおすすめの食べ方をしてみた感想も紹介するので、そちらもぜひ読んでいただきたい。

後編はこちらよりご覧ください。

酒向 快

農民

1997年東京練馬区生まれ|農民 2020年京都大学農学部卒大学在学中にバイオダイナミック農法・パーマカルチャー・アグロフォレストリーなどオルタナティブな農法を国内外で実践を通して学ぶ。現在は横須賀の農園『SHO FARM』で独立就農を目指して研修中。 https://linktr.ee/sakokai https://www.instagram.com/kaitarokaitaro

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