スーパーマーケットで野菜や果物を購入するときに、生産者の顔を思い浮かべられることは、一体どれだけあるだろうか? 私たちが普段食べているものには、実はその情報を知らないだけで、生産者のこだわりや工夫、地域特有の風土や歴史など、ユニークなストーリーがある。
この記事では実際に現地を訪れ、普段は聞けない生産者の方たちのストーリーを掘り出していく。さらにそこで育てられた食材を持ち帰り調理するところまでを紹介することは、いわば「究極のFarm to Table」のヒントになるのではないかと考え、本記事をお届けする。
畑のストーリーを知ると、食卓がもっと彩り豊かになる──。
前回から続く後編となる本記事。神奈川県茅ヶ崎で活動する「ふるさとファーマーズ」の「地域に開かれた農業を通して、より良い未来を次世代に繋ぎたい」という想いをさらに深掘りしていく。記事の後半では、代表である石井雅俊さんに教えていただいた畑で採れた野菜のおすすめの食べ方を紹介する。
前編はこちらよりご覧ください。
みんなで作る畑、ルールのない畑が「未来」を耕す
石井さん率いるふるさとファーマーズは、総勢25名で活動するコミュニティファームだ。メンバーの年齢について中学生(ふるさとファーマーズ下部組織に在籍)から60代まで年齢や性別も様々。それぞれが自分のペースで畑に通い、作業の分担はできる範囲で個人の裁量に任されている。さらに収穫も各々が自分が働いたと思う分だけ各自で行い、そこに「ルールは無い」という。一体どうしたらそんなことが可能なのか。
石井さんの答えはとてもシンプルだ。それは「コモン」という考え方にある。あまり聞き馴染みの無い言葉かもしれないが、コモンとは英語で共有地のこと。つまり誰か特定の人が所有する場所ではなく、複数人が共同で管理、共有する場所という意味だ。昔の日本でも里山や田んぼの一部は集落の共有地だったと言われているが、石井さんもふるさとファーマーズの農地を自分だけが所有していると考えるのではなく、コモンにすることでそこに人が集まり、コミュニティが育まれてきた。参加するメンバーの一人一人が畑を「みんなのもの」と考えることで、ルールが無くても互いに分配を調整したり、労力を分担し合ったりとコミュニティがうまく回るようになったのだという。
例えば、Aさんは月に一度しか参加できないが、それでも作業した日に野菜があればいくつか収穫できる。また、毎週のように参加しているBさんも、頻繁に来るからと言って全ての収穫物を採る訳ではない。あらかじめ作業量に応じてAさんはトマト10個、Bさんはトマト100個、というように数でルール決めをしなくても、それぞれが互いを慮りながら自分の取り分を決めていく。石井さんは「遠慮のかたまり(※大皿料理などをシェアする時に残る最後の一個のこと)が自然に生まれてきてしまうような日本人の習性は、もともとコモンに向いているのかもしれない」と語る。
その際、全体のバランスを見ながら苗の数を調整したり、作業日程を決めたり、レストランに卸す野菜の量を管理したりすることは石井さんが担っている。例えばレストランに卸せる野菜の種類や量はどうしても変動するが、その都度予定を変えて出荷している。こうした柔軟な畑の管理ができるのも、レストランの方との関係性があってこそだろう。
参加者同士の信頼や、地域コミュニティの力。それらが、コモンの考え方を取り入れた畑を知ることで見えてきた。
鳥も人も、同じ恵みをわけあう畑
面白いことに、この「コモン」の考え方を石井さんは畑の生き物たちから教えてもらったと振り返る。ふるさとファーマーズでは3年ほど前から不耕起栽培を実践しているが(不耕起の詳しい解説は前編を参照。)、不耕起栽培をしていると、様々な生き物が畑にやってくる。
鳥や虫は石井さんの畑から出たり入ったり自由に移動している。彼らの立場になって考えてみると、そこが石井さんの畑か、それとも他の農家さんの畑か、といった畑の垣根は自然界ではなんの意味も持っていない。ところが人間だけは、農地に区画を設けてこれを所有しようと考える。さらに生き物は畑に来ても食べすぎることなく、自然が回復するスピードを把握した上で、自分に必要なものだけを食べる一方で、なぜか人間だけはその土地の収穫を独占しようとする。石井さんは次第にこれが間違いだと感じるようになっていった。
本来、健全な生態系は一つの生き物の独占では決して成り立たない。だからこそふるさとファーマーズでは畑で他の生き物との共存を目指している。畑を案内してくれている最中に、「これは鳥が食べる用に敢えて収穫せずに残した」と嬉しそうに見せてくれた、のらぼう菜は象徴的だった。
のらぼう菜を食べに来る鳥が虫を食べて繁殖を抑える。落としていく糞が土の栄養になる。そうやって生き物たちの力で畑の生態系はバランスが取れていく。
石井さんにとってこの生態系の様子から学んだことがまさに「コモン」の考え方に繋がっている。畑を所有しない、収穫を独占しないということは、他の生き物と共存すると同時に、自分以外の人とも畑を共有することを意味するからだ。
様々な生き物が共生する生態系の力で野菜を育てるのが不耕起栽培だとしたら、石井さんは多様な人が共存することで豊かになる「人と人との繋がり」によって、ふるさとファーマーズというコミュニティを育もうとしているように感じられた。
地域の課題が詰まったコンポスト
さらに石井さんはふるさとファーマーズというコミュニティの枠を飛び越え、地域に対しても畑を開くことでより多くの人たちとの繋がりを広げている。前編でも紹介した近隣の小学校への課外授業だけではない。周辺農地へ不法投棄されたゴミを地域住民と一緒に拾う「里山クリーン」というイベントには毎回多くの親子連れが参加し、自分が住む地域の課題に目を向ける良い機会になっている。
「地域の課題が詰まったコンポスト」と石井さんが呼ぶ堆肥場には、野菜くずやウッドチップなどと一緒に、近くの豆腐屋で廃棄されそうになっていたおからが混ざっていたり、街のアイスクリーム屋さんで使用済みの、生分解性プラスチック片が混ぜられていた。これらは微生物によって分解され、いずれ堆肥として畑で使われる。ともすると「ゴミ」扱いされてしまう資源を地域の中で循環させることもまた、地域コミュニティを育む上で畑が果たす重要な役割と石井さんは考えている。
畑は常に未来をつくる場所
こうした地域コミュニティの課題を畑を通じて解決するには、多様な立場の人と信頼関係を築いていく必要がある。そしてそれは実際には容易なことではないだろう。栽培方法一つとっても、慣行農法と不耕起栽培では全く考え方が異なるが、「慣行農法は悪で、不耕起栽培が正しい」としてしまえば近隣農家さんとの信頼関係は失われてしまう。
だからこそ前編でも触れたように近隣の農家さんが困っていれば時には化成肥料を撒く手伝いをしたり、たとえ自分のやり方とは違ったとしてもそれを否定せずに受け入れていく。過去や異なる考え方を否定するのではなく共存していくことが大切だ。
ふるさとファーマーズの畑から作られるのは野菜だけではない。そこで生み出されるのは人と生き物が、人と人が互いに生かし合い共存する、そんな未来そのものだ。
「畑は常に未来をつくる場所」そう自然体で語る石井さんの人間的な魅力に魅せられる人も少なくないだろう。もちろん筆者もその一人だ。
共存の味わい「のらぼう菜のマスタード炒め」
今回ふるさとファーマーズを訪れる前と後で、虫や鳥に食べられた跡のある野菜を見る目がすっかり変わってしまった。他の生き物との共存の証だと思うと、虫食いにされたのらぼう菜もなんだかとても愛おしく思えてくる。
そんな「鳥用のらぼう菜」として登場したのらぼう菜を、石井さんオススメの炒め物にしていただく。のらぼう菜は葉だけでなく根まで食べられるということで、丸ごと調理した。
まずは下処理。根の皮が厚いので、包丁でしっかり皮を剥いてから短冊切りしておく。薄切りにすると炒めた時に舌触りが良いのでオススメ。イメージは大根に近い。茎と葉も一口大にざく切りにしておく。(余談だが調理する前に一度水にさらしておくと、葉が採りたてのようにシャキッとする。)
フライパンでしっかり加熱した油にマスタードシードを入れて香りを出す。ここにまずは根から入れてしっかり炒める。火が通ってきたら、茎、葉の順に硬い方から加え、全体に油が回ったら少し水を入れて蓋をし、蒸し焼きにしていく。しんなりしたら塩を加えてさらに炒め、のらぼう菜の旨味を引き立たせたら完成だ。
新鮮な青菜の香りと旨味が凝縮された一品、ぜひお試しあれ。
のらぼう菜が手に入らない時には、小松菜やからしな、ほうれん草でも。
ちなみに最後に散らした菜の花は、石井さんが畑の土手に種をばら撒いておいたら自生したという小松菜から摘んできた。実は小松菜の花の部分は生のまま食べることができる。優しくフレッシュな小松菜の味がまさに春の味わい。
ふるさとファーマーズは、現在、石井さんを中心に現在25名で活動中。
新しい仲間も随時募集している。関わり方は人それぞれで、畑作業に来る頻度も自由だ。参加申し込みはふるさとファーマーズHP記載のメールアドレス(furusatofarmers@gmail.com)まで。
その他収穫祭・味噌作りワークショップなどのイベントや、定期的にマルシェも開催しているので、まずは畑に足を運んでみてはいかがだろうか。